た儘放置してあったので有ります。閣下は又しても、ふふん、救い難き関係妄想じゃ、とお嘲笑いに成るかも知れません。従って茲《ここ》で、如何に私の衝動《ショック》が烈しいものであったかを説明申したとて無駄で有りましょう。私は其の宿に来た目的も打ち忘れて、不可解な一致に茫然自失した儘、襖が開いて男が現われ、どうぞお上りを、と掛けた言葉を夢の様な気持ちで聞いて居りました。一旦否定した疑惑が眼鏡を認めるに及んで更に深まったのであります。万が一に、其の女[#「其の女」に傍点]が私の女房であるとして、何の目的を以て夜半淫売宿なぞに姿を現わして居るので有りましょうか?――閣下よ、※[#始め二重括弧、1−2−54]私の悲劇※[#終わり二重括弧、1−2−55]は右の如き一夜に其の不気味な序幕を開けたのであります。干涸《ひから》び切った醜女があんなにも水々しい妖艶な女と変じ、貞淑一途の女が亭主に隠れた淫売婦であろうとは?――此の世にこんな不可思議な事実[#「事実」に傍点]が有り得るであろうか? 私は自分が正気である事を確信する為に、一歩一歩脚に力を入れて案内をされた二階への階段を登って行きました。……

 相
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