にかぶれて常用して居た事があり、最近ではとんと顧ず壊れ箪笥の曳出《ひきだし》にでも蔵《しま》い込んで、其の儘房枝の処置に委せて居た事実を思い出したのであります。私の眼は再び執拗に障子の隙間に吸い付かなければなりませんでした[#「なりませんでした」に傍点]。室内のおふささんは最早や南京豆を噛じる事は止めて、小楊子をせせり乍ら敷島か朝日の口付煙草の煙を至極婀娜っぽい手付唇付で吹き出して居ましたが、何かの拍子に居住《いずま》いを[#「居住《いずま》いを」は底本では「居住《いずまい》いを」]組み直した瞬間――彼女の全貌を真正面から眺める事が出来ました。嗚呼、閣下よ、其のおふささんは、瓜二つ以上、双生児《ふたご》以上の、※[#「女+尾」、第3水準1−15−81]《くど》いようですが、――カフェ時代の房枝では有りませんか? 而《そ》して更に私の疑惑を深めた所作と言うのは、暫らく凝乎《じっと》彼女を瞶《みつ》め続けて居ると彼女は時折眼鏡の懸具合が気になるらしく真白い指先で眼鏡の柄を弄《いじ》くるのでありますが、――それは間違い無く眼鏡の故障を立証する所作であって、私の眼鏡も大分以前に其の柄が折れ掛っ
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