色に輝いて居ります。私は其の横顔を覗いて、思わずはあっと息を呑んで了いました。と云うのは、服装こそ異《ちが》えそれがカフェ時代の房枝の再現だったからで有ります。閣下よ、よくお聞き下さい。私は其処で、其の魔性の家で、私自身の妻を発見したのであります。是は断じて錯覚でも無ければ、所謂関係妄想でも有りません。ましてや虚言を吐く必要が何処に在りましょう? が、次の瞬間、ふん、莫迦莫迦《ばかばか》しい、今夜はどうかしてるんだナ、ふん……と心中呟いて、自分の率直な認識を否定して了いました、と云うのは、現在の妻が其の女程美しく装い得る筈が無いからで、如何にも房枝は女給仕時代並びに同棲生活の当初に於いてこそ経済的にも裕福であり、逞《たくま》しい程の肉体的魅力を全身から溢れさせて居りましたが、其の後の家庭的困窮|疲憊《ひへい》は残らず彼女から若い女の持つ魅力を奪い去って了い、一として私に関心を起させる秘密を失って居るのであります。而も最も根強い理由は、世間からは遊戯女《いたずらもの》の稼業の如く思われて居るカフェの女給仕を勤めた身ではあるが、女の中で是程貞淑な女は居まいと思い込んで居た房枝が、仮にも夜更
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