す。最初の裡こそ私は単なる好奇心を以て窺《のぞ》いて居たのでありましたが、閣下よ、次の如き内儀の吐いた言葉を突如耳にして、ギクリと心臓の突き上げられる様な病的な驚愕を覚えたのであります。内儀は眉をキリキリとヒステリックに釣り上げ、首垂《うなだ》れて居る男に向って斯う叫んだのでありました、――バラされない内に、へえ左様ですかと下手《したて》に出たらどうだい、女だからってお前さん方に舐められる様な妾《あたし》じゃないんだよ、ねえ、おふささん[#「おふささん」に傍点]?……
此の台詞《せりふ》は、普通に聞いたのでは左程の意味も感ぜられますまい。陰惨な荒《すさ》み切った淫売宿の内儀が此の位の啖呵《たんか》を切ったからとて些も不思議は無いので、私とても是迄場数を踏んで居りまして所謂殺伐には馴れて居りますから、何事か血腥《ちなまぐさ》い騒動が持ち上りそうな雰囲気に腰を浮かせた訳では有りません。私のギクリとしたと言うのは、其の言葉尻の、明らかに同席の今一人の女[#「今一人の女」に傍点]に賛同を求める為に吐いた※[#始め二重括弧、1−2−54]ねえ、おふささん※[#終わり二重括弧、1−2−55]と
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