暫くの間私を案内した男は其の宿の内儀と、――多分斯う想像するのですが、――周旋料に就いて小声で秘鼠秘鼠《ひそひそ》と相談し合って居る様子でありました。何事か符牒を用いて争って居るらしいので有ります。動《やや》ともすると両者の声の高まる所から想像すると、話が仲々妥協点に達しないらしく時折内儀の叩くらしいぽんぽんと響く煙管の音が癇を混えて聞えて参ります。私は所在無さに室内の空気に好奇心を覚え障子の隙間に片眼を当てて、ついふらふらと内部を覗いて了いました。私の想像した通り、隙間の正面には、長火鉢の傍らに四十格好の脂肪肥りにでっぷりした丸髷を結った内儀が煙管を弄び乍ら悠然と控えて居るのが見え、右手に坐って居る男、――是は見えませんでしたが内儀の視線の方向からそれと想像されます、――に向って熾《さか》んに捲《まく》し立てて居るのであります。内儀の隣りに、即ち私の方から向って左手に、正しくもう一人の女が居る事が想像されました。彼女は南京豆でも噛って居るらしく時折ぽきんぽきんと殻を割る音を立て乍ら、内儀の云う言葉に賛同を示すらしく至極下品な調子で含み笑いをしつつ男に揶揄《やゆ》的な嘲笑を浴せて居りま
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