ら私の方を見下ろして嫣然《えんぜん》と流し目を送って来たのであります。閣下よ、女は悪くないものです。其の夜の一夜妻が其の小娘で有る事を直ちに悟り、期待した以上の上物なので情炎の更に燃え上るのを覚えました。稍々《やや》あって男が二三寸格子戸を開き、どうぞ、と声を掛けたので、いそいそと内部へ這入りましたが、男は私を玄関の三和土《たたき》の上框《あがりかまち》に座布団を置いて坐わらせた丈で、何故か室内には招じ入れませんでした。寔《まこと》に恐れ入りますが、もう少々お待ちを願います、と言われて見れば詮方無く、不承不承命じられた所に腰を下ろして、暫時合図を待つ事に致しました。斯う云う家が客を極端に警戒するものである事は、特に説明する必要も有りますまい。私の腰掛けた場所の右手の恰度眼の位置に丸く切り抜かれた小窓が有りまして、障子と障子の合わせ目が僅かに三四分程開いて、其の隙間から細い光線が流れて居ります。其の部屋は茶ノ間と覚しく凝乎《じっと》耳を澄ますと鉄瓶の沸る音がジィンジィンと聞え、部屋には最初の男を加えて三四人は居るものと想像され、時折大きな影法師がユラリユラリと其の丸窓に映るのであります。
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