は反対になりまして、天井から、足もとまでがずっと、がらすの窓になり、そこを透して、ほど遠からぬ港の船のいくつかが、段階子《だんばしご》を降りて行く目の前に、朧《おぼろ》げながら浮んでくるのでございます。窓の向うには、なおも、魔物のような濃霧が、濛々《もうもう》と、何かしら不可思議なものとともに、流れて行くようでございます。漠然《ばくぜん》とした不気味《ぶきみ》さに小さな慄《ふる》えを感じながら、私は階段を静かに降りていたのでございました。と、七階から六階へ通じるところでございましたか、誰も人影はございません。階段の半分を降りきった、折り返しのところで、突然、下から、音もなく昇って来られた方と、危うく衝突する様になって、立ち佇《どま》ったのでございます。そして、ふと、対手《あいて》の方を見上げたのでございますが、その瞬間、われにもあらず、あっと、口の中で叫んだのでございました。それと、申しますのも対手は誰でもございません。私――ええ、間違いなく、私ではございませんか……。
かようなことを申しますと、何を阿房《あほう》なことを、どうして、お前の他に、お前さんがありましょう。それは、他人
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