おたずねしたのでございました。すると、
「それでは、春雨と、梅にも春を、お歌いいたしたいと存じますが最初は春雨を、お稽古して頂きます様に……」
と申されました。私は、糸の調子を下げまして、
「では、お稽古いたしましょう」
と、三味線を取り上げ、
※[#歌記号、1−3−28]春雨に、しっぽり濡れる、鶯《うぐいす》の……。
と、うたい始めたのでございました。が、お稽古にかかりますとすぐに、
「もう、今日はこれで結構でございます」
と、頭をお下げになったのでございます。私は、初めのうちで遠慮なされている事と存じまして、
「どうか、ご遠慮なく、ごゆるりと、お稽古なさいます様に……」
と、申しましたが、
「いいえ、今日はこれで結構でございます。別に、急ぐお稽古でもございませんし、ぜひ憶えねばならぬ訳でもございません、これから、遊び半分に、ゆっくりと、お稽古させて頂きたいと存じます」
と、かように申されたのでございました。そして言葉を改め、
「これは、ほんの少しでございますが、おひざ付きに、そして、これは御連中さまへのお近づきの印に、皆様で一杯お上がり下さいます様に……」
と、紙の
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