親類の人に似ていましたか」
と、小さな声で申されまして、何か意味ありげに、微笑《ほほえ》まれたのでございました。
単調な、温泉宿の日々ではございますものの、時のたつのは早いものでございまして、私たちが、この温泉町へ参りましてから、はや、二週間の日が過ぎたのでございます。あすは、いよいよ、かえりましょう、と、御隠居さまが申された、その夜のことで、ございます。
「あす、お土産を買うといっておりましても、何やかやと慌ただしいでしょうから、今夜のうちに、何か買っておかれましたらいいでございましょう。私が行ってもよろしいけれど、少し頭痛がするようでございますから、宿のお女中さんをお連れに、何か買っていらっしゃいませ、お勘定は、宿の方へとりに来るように申されるとよろしいでございましょう」
御隠居さまは、かように申されたのでございました。
「では、やっていただきましょう」
私は、かように答えまして、身じたくを、ととのえたのでございます。買いものと申しましても、温泉町のことでございますから、宿の部屋着のままで、およろしいではございませんか、と、宿のお女中も申したのでございますが、それにいたしましても、若い娘の身で、そうしたことは、あまりにも、はしたないと考えまして、旅だちの前に御隠居さまに買っていただきました、島原模様の振袖に絵羽模様の長襦袢、それに、塩瀬の丸帯まで、すっかり、来たときそのままの身仕度をととのえまして、
「では、伯母さま、ちょっと行かせていただきます」
と、ご挨拶いたし、お部屋を出たのでございます。ところが、私といたしましたことが、宿を出て、道の一、二丁も参りましたとき、思いついたのでございますが、御隠居さまの御用を承《うけたま》わって来ることを、失念いたしていたのでございます。
(これは、大変なことを、御隠居さまとても、お土産を買っておかえりにならねばなるまいに、自分のことだけを考えて、御隠居さまのご用事を、つい忘れてしまいました)
私は、こんなに自分で申しながら、そして、われと我が粗忽《そこつ》さに、思わず、顔を赤らめながら、宿のお女中には、表で待っていただき、お部屋にとってかえしたのでございます。しかし、表玄関から、廊下をつたって行きましては、時間もかかりますこととて、お庭づたいに、離れのお部屋へ急いだのでございます。ところが、いつもは、障子も開
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