※[#歌記号、1−3−28]恋の手習つい見習いて、誰に見せよとて、紅鉄漿《べにかね》つけよぞ
 ……道成寺の唄の文句の中でも、いちばん人に知られたところでございましょう。――誰に見せよとて、いえ、誰に喜んでいただきましょうとて、私があの殺人事件の研究を初めましたものでございましょう。口さがない、私どもの連中さまたちが、私に向ってさえ、はっきりと申されましたように、この私がお師匠さまをお慕いいたしていたからでございましょうか。いえ、さようではございませぬ。しかし、そうとは申しますものの、あの唯一の物的証拠象牙の撥のもち主、お師匠さまを、あらぬ嫌疑からお救い申すこともできれば、と考えたことが原因していたのはいうまでもないことでございましょう。
 警察の方々は、最初から、あの事件を、巧妙に計画された殺人事件――というようにお考えなされていたようでございます。しかし、殺人事件とも考え得るような、人の死に出会いました場合、次のような(あり得べき情況)のいくつかを考えて見る必要がございますまいか。つまり――
(一)被害者の自己殺人。自殺ではございますものの、時として、殺人を装うたものがござ
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