線を弾いていらっしゃる新三郎さんの手もとをじっと、見つめていられるのでございます。一目みてご病気らしく、すっかり、お顔の色も青ざめ、立っていることさえ大儀そうな師匠の姿に、私は自分ながらに、
「やはり、わたしの考えた通り、癪を起していられたそうな……」
 と、考えたのではございました。が、それにいたしましても、やはり舞台が気にかかり、ああした見てさえも、お苦しそうなお身体で、自分の弟子の様子を見守っていらっしゃるのは、さすがに、芸で一家をなされるほどの方――と私は、こんなに考え、ひそかに、涙いたしたことでございました。

        |○|[#「|○|」は縦中横]

 やがて、踊りもすすみまして、俗に申す、鐘入りになったのでございます。たて唄、松島三郎治さまの唄は、ますます冴えて参ります。
 ※[#歌記号、1−3−28]恨み/\てかこち泣き
 の唄の文句――白拍子はじっと、鐘を見上げております。私は、あまり、こうした所作事については存じませぬが、この恨み/\ては、男の気が知れないのを恨むのではなく、釣るしてある鐘に、恨みのある心を通《かよわ》せたものとして振りが付けてあるのだそうで
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