、安珍に懸想《けそう》した。……胸の内を、うちあけられた、この若い美僧は、帰途には、再び、立ちよる、その節まで……と約して、熊野詣での旅をつづけた。
安珍は、宮詣でを終えて、帰途についた。しかし、彼を思い焦れている清姫のもとへは立ちよらなかった。女は、これを知って、男を怨みに恨んだ。女の一念は、自分の姿を大蛇に化した。そして、無情の男を追った。安珍は逃げ場に窮して、日高《ひだか》郡にある道成寺《どうじょうじ》にのがれ、救いをもとめた。寺僧は彼の請《ねがい》をいれた。ただちに、僧を衆《あつ》めて、大鐘を下し、その内に、安珍を納した。
やがて、清姫の怨《うらみ》の権化――大蛇の姿が現われた。大蛇は、鐘を静かに蟠囲《ばんい》した。尾を挙げては、鐘を敲《たた》いた。その度に火炎が物凄く散った。時が経った。大蛇は去った。生きた心地もなく、物蔭から、様子をうかがっていた僧たちは、ほっと、大きな息をつくと急いで、鐘を起した。ところが、安珍の姿はおろか、骨さえなく、ただ灰塵を見るのみであった。
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この安珍清姫の伝説が、いわゆる「道成寺」の謡曲に綴られたのだそうでございますが
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