匠から人間的な価値《ねうち》のないお方と、承り、憎しみも、蔑《さげす》みもいたしているお方ではございますものの、ただ、うっとりと、その神技とも申してよいほどな芸の力に心うたれていたものでございます。
|○|[#「|○|」は縦中横]
この、娘道成寺と申す所作事は、宝暦年間に、江戸の中村座で、中村富十郎《なかむらとみじゅうろう》が演じたものだそうでございまして、富十郎一代を通じての、一番の当り芸であった、と申します。何しろ、三十三年の間に十一度も勤めたそうでございまして、その度ごとに、大入をとったとか申します。所作の筋は、あの安珍清姫《あんちんきよひめ》の伝説を脚色したものでございまして、ものの本には、次のようなことが記してございます。
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これは名高い安珍清姫の伝説が脚色されたものである。延長《えんちょう》六年八月の頃、奥州に住む、安珍という年若い美僧が、熊野詣《くまのもう》でに出足《しゅっそく》した。その途中、牟婁郡《むろごおり》で、まさごの庄司清次《しょうじせいじ》という男の家に、一夜の宿をもとめた。ところが、その家の娘に、清姫という女があって
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