※[#歌記号、1−3−28]鐘に恨《うらみ》は数々ござる、初夜の鐘を撞く時は、諸行無常と響くなり……。

 と、重々しく、初まったのでございました。と、私といたしましたことが、この時に、初めて、気づいたので御座いますが、立三味線は、私のお師匠ではございません――杵屋新次さまでは御座いません。一のお弟子さまの杵屋新三郎さまなのでございます。私は、あまりの意外さに、あっと驚き、
「師匠が、どうして、三味線をお弾きにならないのでございましょう」と、独白《ひとりごと》したほどでございました。が、私は、この時に、ふと師匠に癪《しゃく》の持病が、おありになることを思い出し、これは、また、きっと、癪を起されたのであろう、それも悪い時に、と……、こんなことを考えたのでございます。しかし、破れるような、大向の懸声のうちに現われて参りました、金の烏帽子《えぼし》の白拍子に、思わず、私の目は引きつけられ、そのまま、お師匠さまのことは、忘れるともなく、お忘れ申していたのでございました。
 ※[#歌記号、1−3−28]鐘にうらみは数々ござる……。
 この唄とともに、中啓《ちゅうけい》の舞が初まるのでございますが
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