いましょう。岩井半四郎の場合でございますれば、誰かに殺害された風を装うた、自己殺人かも知れないでございましょう。
(二)自然的な理由による死。造りものの鐘の内部をささえている木片が、はずれた。それが岩井半四郎の前額部に致命的な傷をあたえたというような結果の死。
(三)人為的な過失による致死。白拍子に扮した岩井半四郎が、造りものの鐘の中へはいり切らぬうちに、道具方が、鐘を下した。内部の一端が、半四郎の前額部に激突し、被害者を死にいたらしめた――という類。
(四)非計画的な殺人。常日頃から、半四郎に対して、殺意を抱いている。が、何の殺人計画も講じていない。――または、突発的な理由のために、殺意を生じた。殺人の計画もない。しかし、いまが機会だ――兇器は何でもよい。そこら辺りにあるものを取りあげて……と、いう風に決行された殺人。
(五)計画された殺人事件。綿密な計画と、周到な用意で、機械を組み立てるように準備された殺人計画。総ては、整った。今こそ――と、いうように感じられる殺人方法。

 こうした、種々な、殺人事件の場合が考えられるでございましょう。そうすれば、いまも、申しましたように、殺人事件と考えられるような、人の死に出逢いました場合、それが、右の内のどれにあたるであろうか――と、かように考えることも、無駄ではございますまい。概略的な、そして、漠然とした分類のいたしかたではございますものの、これらのうち何れかの範疇に入らぬ殺人事件はございますまい。では、この河原崎座の殺人事件は、このうちの何れに属するものでございましょう。――まず、
(一)の被害者の自己殺人――これにあたりはいたしますまいか。いえ、決して、そうとは考えられないでございましょう。若し、あの撥をわれとわが頭に打ちつけたといたしますれば、あの撥はどうして手に入れたのでございましょう。半四郎は、師匠のいられた楽屋附近へは、幕あきの前に近よっていません。そうすれば、あの撥が半四郎の手に渡る筈がないではございませぬか。
 そうすれば、(二)に記しましたような、自然的な理由による死でございましょうか。いえ、そうでも御座いますまい。撥が、上から、ひとりでに、落ちて来たのではあるまいか、という様に考えるといたしましても、それには、撥に羽が生えて、独りでに、楽屋から飛んで来、舞台の上に吊されている鐘の中にはいっていた――と
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