行く――そうした事は、あまりにも、当然では御座いますまいか。
しかし、その時に、私が撥をもって行かなかったか、とのお訊ねに対しては、
「いいえ」
と申しますより、
「絶対に、持って参りません」
と申上げたいと存じます。三味線ひきの私にとって、三味線と撥とは、申すまでもなく、私の魂でございます。しかしお恥かしい話ではございますが、あの場合、私としたことが、すっかり、自分の魂を忘れていたのでございます――癪を起しまして、三味線と、手にした撥を、下においたなり、すっかり忘れていたのでございます。後ほどに、承りますれば、新三郎が、三味線と撥とを自分の部屋にもってかえり、床の間においていてくれたのだそうでございます。が、私は、もちろんのこと、そうした事情を知りませず、今も申しますように、三味線や撥のことは、少しも考えず、唯ただ、舞台で、私の替りに弾いている、新三郎の三味線が気になるままに、おとどめ下さる方々を、振り切るようにいたしまして、舞台上手の横まで出て参ったので御座いました。それから、あの事件が起りまして、幕が下りますまで、私は、じっと、一と処に佇んだままでございます。そうした私と、あの撥とに、どうした関係が御座いましょう。いま、一歩ゆずりまして、私があの時、自分の撥を手にしており、それで、半四郎師匠を傷つけたといたしますれば、あの撥を舞台の上手から投げつけている訳でございましょう。しかし、大入にも近い観客を前にして、どうして、その様なことが可能でございましょう。――また、どうとかした方法で、お客様がたの目を晦《くらま》すことが出来たといたしましても、投げつける時は、あの造りものの鐘が、半四郎師匠の白拍子に、かむさる瞬間にいたさねばなりますまい。そういたしますれば、私の投げた撥が、師匠にあたり、それが原因となって即死された――そして、その瞬間に、上から降りて来た、鐘が、白拍子の姿をかくしたといたしましても、死体は、白拍子の扮装のままでなくてはなりますまい。しかし、事実はそうでございませぬ。半四郎師匠は、変化の拵えを、おすましになったままで、俯伏さっていられたのでございます。そういたしますれば、少くとも、こうしたことが云えるでございましょう、即ち、半四郎師匠は、鐘の中に姿がかくれ、白拍子から変化の拵えに扮装されるまでの間は、あの造りものの鐘の中で生きていられた……
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