ございます……」
「お仰せになります様に、私が死体の発見者でございますから、お疑いを受けるのは、当然のことでございましょう。しかし、私には、師匠を殺害せねばならない様な理由はございません。師匠に思いをよせていた、愛の申し出を拒絶されたが為の兇行とは、あまりに、穿《うが》ち過ぎた御推測でございます。お仰せになります様に、いつか、師匠に歌舞伎座のお芝居でございましたか、おさそいした事がございました。別に、私と二人きりで、とも、皆を誘って、とも申しませんでしたが、言葉の調子から、私と二人で、そっと見物に行く、と云う様に聞こえたのでございましょう。師匠は、(二人きりで行ったりしますと、人の口が煩《うるそ》う御座いますよ)
と、微笑みながら申されました。私は何とも答えず、同じ様な微笑を返したのでございました。こうした話を、師匠は小母さんにもしていられたのでございましょうし、そうした事をお耳にされてのお言葉と存じます。しかし、師匠に思いを寄せていたがために、さような事を申したのではございません。従って、あの時にお断りされたことも、私にしましては、別に悲しい事でも、腹の立つことでもなかったのでご
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