上におきわすれたのでしょう。」と、奥がたはこたえました。
「すぐ持ってこい。」と、青ひげは、おこった声を出しました。
五六ど、あちらへ行ったり、こちらへ行ったり、まごまごしたあとで、奥がたは、しぶしぶかぎを出しました。青ひげは、かぎを受けとると、こわい目をして、じっとながめていましたが、
「このかぎの血はどうしたのだ。」といいました。
「知りません。」と、泣くような声でこたえた奥がたの顔は、死人よりも青ざめていました。
「なに、知りませんだと。」と、青ひげはいいました。「おれはよく知っているよ。おまえはよくもおもいきって、小べやの中にはいったな。えらいどきょうだ。よし、そんなにはいりたければ、あそこへはいれ、はいって、そこにいる奥さんたちのなかまになれ。」
こういわれると、奥がたは、いきなり夫《おっと》の足もとにつっぷして、いかにもまごころから、くいあらためたようすで、もうけっして、おいいつけにはそむきませんから、といって、わびました。このうえもなく美しい人の、このうえもなく悲しいすがたを見ては、岩でもとろけ出したでしょう。けれど、この青ひげの心は、岩よりも、かねよりも、かたかったのでございます。
「奥さん、あなたは死ななければならない。今すぐに。」と、青ひげはいいました。
「わたくし、どうしても死ななければならないのでしたら。」と、奥がたはこたえて、目にいっぱい涙をうかべて、夫の顔を見ました。「せめてしばらく、おいのりをするあいだだけ、待ってくださいまし。」
「しかたがない、七分半だけ待ってやる。だがそれから、一|秒《びょう》もおくれることはならないぞ。」と、青ひげはいいました。
ひとりになると、奥がたは、女のきょうだいの名を呼びました。
「アンヌねえさま(アンヌというのは、きょうだいのなまえでした。)アンヌねえさま、後生《ごしょう》です、塔《とう》のてっぺんまであがって、にいさまたちが、まだおいでにならないか見てください。にいさまたちは、きょう、たずねてくださるやくそくになっているのです。見えたら、大いそぎでくるように、合図《あいず》をしてください。」
アンヌねえさまは、すぐ塔のてっぺんまであがって行きました。半分きちがいのようになった奥がたは、かわいそうに、しじゅう、さけびつづけていました。
「アンヌねえさま、アンヌねえさま、まだなにもこないの。」
すると、アンヌねえさまはいいました。
「日が照《て》って、ほこりが立っているだけですよ。草が青く光っているだけですよ。」
そのうちに青ひげが、大きな剣《けん》をぬいて手にもって、ありったけのわれがね声《ごえ》を出して、どなりたてました。
「すぐおりてこい。おりてこないと、おれのほうからあがって行くぞ。」
「もうちょっと待ってください、後生《ごしょう》ですから。」と、奥がたはいいました。そうして、ごくひくい声で、
「アンヌねえさま、アンヌねえさま、まだなにも見えないの。」と、さけびました。
アンヌねえさまはこたえました。
「日が照《て》って、ほこりが立っているだけですよ。草が青く光っているだけですよ。」
「早くおりてこい。」と、青ひげはさけびました。「おりてこないと、あがって行くぞ。」
「今まいります。」と、奥がたはこたえました。
そうして、そのあとで、「アンヌねえさま、まだなにも見えないの。」と、さけびました。
「ああ。でも、大きな砂けむりが、こちらのほうにむかって、立っていますよ。」と、アンヌねえさまはこたえました。
「それはきっと、にいさまたちでしょう。」
「おやおや、そうではない。ひつじのむれですよ。」
「こら、おりてこないか、きさま。」と、青ひげはさけびました。
「今すぐに。」と、奥がたはいいました。そうして、そのあとで、「アンヌねえさま、アンヌねえさま、まだ、だあれもこなくって。」
「ああ、ふたり馬に乗った人がやってくるわ。けれど、まだずいぶん遠いのよ。」
「ああ、ありがたい。」と、奥がたは、うれしそうにいいました。「それこそ、にいさまたちですよ。わたし、にいさまたちに、いそいでくるように合図《あいず》しましょう。」
そのとき、青ひげは、家ごとふるえるほどの大ごえでどなりました。奥がたは、しおしお、下へおりて行きました。涙をいっぱい目にためて、かみの毛を肩にたらして、夫《おっと》の足もとにつっぷしました。
「今さらどうなるものか。」と、青ひげはあざわらいました。「はやく死ね。」
こういって、片手に、奥がたのかみの毛をつかみながら、片手で、剣《けん》をふりあげて、首をはねようとしました。おくがたは、夫のほうをふりむいて、今にもたえ入りそうな目つきで、ほんのしばらく、身づくろいするあいだ、待ってくださいと、たのみました。
青ひげはこういって、剣をふ
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