ょう。そういうことから考えても、彼の人柄がわからないことはない。そのぶちこわれた幕府でも、それが背景なり、持楯なりで、甲府城を乗っ取って、上方からの軍勢と戦うという元気を出せたのでありますが、御馳走酒に酔っ払って、もう甲府へ十七里という与瀬というところへまいりました時分に、敵はすでに信州の下諏訪まで来ている。この方は甲府へ十三里しかない。そうしてこの手には、いくさ上手である土佐の板垣退助さんが、兵を率いておられる。そういう内報を受けながら、近藤は疲れているからもう行かれないといって、与瀬へ泊り込んでしまった。その翌日は大雪で出て行かれない。また逗留している。ようやく笹子峠を越した時には、敵はすでに完全に甲府城を占領している。笹子を下りて柏尾というところで戦うようなことになっては、一溜りもあるものではない。わけもなく敗走してしまった。戦争のことでありますから、負けるも勝つもそれはよろしい。負けたからといって、その人間に甲乙がきっとつくものではないが、しかし彼の志を見ると、裏金の陣笠がうれしく、御馳走酒に酔っ払って、敵迫れりと報告されても、向って行けないほどにうれしくなってしまってはしようがない。この方向から見れば、よくその人柄がわかるように思う。
下らない、つまらない、小才の利く、おだてられれば思いもよらない働きをもするというような人間が、何がおもしろくって、この頃持て囃すのか、どこに興味があるのか、今日近藤勇をおもしろがって、皆が楽しむということを見て、我が国の今のありさまを悲しむのみならず、その心が続いていったならば、近い将来がどんなであるかと思うと、まことに悲しみが深い。
底本:「三田村鳶魚全集 第十七巻」中央公論社
1976(昭和51)年9月25日発行
底本の親本:「江戸の実話」政教社
1936(昭和11)年7月
初出:「日本及日本人」日本及日本人社
1930(昭和5)年10月1日号
入力:大久保ゆう
校正:小林繁雄
2006年7月26日作成
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