ら知らぬこと、昔の百姓大尽の家に、執事なんていう人間を持ち出すのも、随分変な話だ。
 駒井能登守は遠乗りのついでに立ち寄って、この馬大尽の馬を見せて貰いに来た、というので、「能登守には若党と馬丁とが附いてゐました」と書いてある。そうすれば、その若党なり、馬丁なりが駆け抜けて、自分の主人が来て、これこれのことが所望である、という意味を通じそうなものだ。この時代としては、それが普通の例になっている。しかるにそういうことをさせずに、いきなり駒井が案内を乞うたというのは、またこの話を嘘らしくしている。
 一体この甲府勤番支配というものは、二人ずつ勤めているので、勤番は五百石以下二百石以上二百人、与力二十騎、同心百人、支配は四五千石の旗本が勤める。これはなかなか重い役で、芙蓉の間の役人であった。役高は三千石、役知が千石ある。随分重い役です。そういう重い役でありますから、いくら遠乗りに出た時としても、先触れも案内も何もせずに、百姓家に飛び込むなんていうことはないはずだ。かりに若党と馬丁だけを連れて出たにしても、あらかじめその若党なり、馬丁なりをもって、知らせなければならない。そうして主人のみならず
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