て待て。感情のたかぶっている時には判断が間違って来る。だから黙って冷静に妄想を起さずに考えるんだ。事件の出発点を握らないで、いたずらに錯雑した事実ばかりに捉われているほど馬鹿々々しい事はない。そんな事をしているから迷宮から出られないんだ。だからまず、ルパン、お前の才能に聴け、お前の感得に依って猛進しろ。あらゆる論理的判断に俟《ま》つまでもなく、この怪事件は不可思議な栓を中心に渦を巻いているんだ。だから、そこへ勇敢に突っ込め、ドーブレクと問題の水晶とをたたきつぶせ!」
 ルパンはこの決論を俟《ま》つまでもなく、早速実行に取りかかった。
 彼はボードビルの劇場における事件の三日目に、古ぼけた外套を被って、頸巻《えりまき》に顔を埋め、ラマルチン広場からやや遠く離れたビクトル・ユーゴー街の共同椅子に腰を下ろしていた。自分の手許《てもと》へ来た報告によれば、ビクトワールは毎朝、この共同椅子の前を通るはずであった。
 やがて買物篭を腕に抱えて、ビクトワールが遣って来た。見ると非常に昂奮して真蒼《まっさお》な顔をしている。
『さあ、これですよ、あなたの探しているのは……』彼女は前後を見廻しながら、篭
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