パンを支えた。かくて四本の腕は超人的怪力をもって組んず解れつした。
 二人は四ツの手を掴み合ったまま、身を踞《かが》めて互に隙を窺っていた、早く力の弛《ゆる》んだ方が喉を絞め上げられるのだ。息を殺して寸分の隙も無く組み合っている。しかも舞台ではシンミリした場面で一同息をのんで声の低い独白《せりふ》まで聞こえてくる。黙黙として、沈静。
 婦人は身を椅子に支えつつ、怖れと駭《おどろ》きの眼を見開いて両者の挌闘を見詰めている。もし彼女が指一本動かしてどちらかに加勢すれば、その方は正に勝利を得るのだ。しかし、彼女|果《はた》して、何人《なんびと》に加勢するか?ルパンは重く力ある声で、
『さあ、椅子を退けなさい!』
 と命ずるように云った。二人の間に倒れている重い椅子、その椅子を挟んで彼らは争っていたのだ。
 彼女は身を屈めてその椅子を取り除いた。これこそルパンの睨《ねら》った機会だ。障害物が除去せらるるや否や長靴の尖《さき》でドーブレクの向脛《むこうずね》に得意の一撃を与えた。結果は彼が最初に敵の腕に与えた痛撃と同様、ウムと苦痛に呻《うめ》く刹那の隙を得たりとばかりドーブレクの喉と頸に両手をか
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