観劇に行くらしい。
『二ヶ月|前《ぜん》の様に桝《ます》を取っておきますが、留守中|盗賊《どろぼう》に見舞われては敵《かな》わないね』と笑いながらドーブレクが云っていた、という。
 代議士が観劇の留守中にアンジアン別荘を襲ったのは六週間以前だ。相手の女を知り、さらにでき得べくばボーシュレーとジルベールとがアンジアン別荘襲撃の当夜、代議士の留守を偵知した方法を看破するのが、目下の急務だ。彼は早速ドーブレクの邸《やしき》を抜け出してシャートーブリヤンの自邸へ帰った。そして最も得意とする露西亜《ロシア》貴族の変装に取りかかった。部下も自動車でやって来た。
 この時召使のアシルがミシェル・ボーモン宛の電報を受け取ってきた。訝りながら聞いてみると、
「コンヤ、シバイエクルナ。キミガクルトバンジダメニナル」
 彼の立っていた傍の暖炉《ストーブ》の上に花瓶があった。彼はやにわにそれを掴むと床の上に叩き付けて微塵《みじん》に砕いた。
『解った!解った!ウヌッ!俺の常套手段を取っていやがる。どうするか見ろッ!』
 彼は部下を引連れて自動車で飛び出し、ドーブレクの邸の少し手前で車を止めて待っていた。ドーブ
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