ドーブレクの生活は極端に開放的であった。扉《ドア》という扉《ドア》は閉じてあった事が無い。訪問客は一人もない。その生活ははなはだしく単調で機械的になっていた。彼は午後に議会へ行き、夜は倶楽部《くらぶ》へ行く。
『いやいやこう見えても必ずその裡面《りめん》に何等かの清浄ならざるものがあるに相違ない』とルパンが云った。
『何もありやしませんよ。いつまで見ていたって無駄ですわ。間誤々々《まごまご》していると私たちが縛られてしまいますよ』とビクトワールが反対する。
[#「 」は底本では「『」]実は刑事連中が邸《やしき》の前を毎日の様にブラブラしているのを見て少なからず気に病んでいるのである。ビクトワールは刑事連中の方ですでに自分等のことを嗅ぎ出して張り込んでいるんだと独《ひと》り極《ぎ》めに思い込んでしまっていた。市場《しじょう》へ買物に出るたびに、今にも御用だと云って肩を掴まれやしないかとヒヤヒヤしていた。
ある日、彼女は青くなって息せき切て駈け込んで来た。腕にかけている籠までガタガタふるえている。
『乳母《ばあや》は、どうしたんだい? 真蒼《まっさお》じゃないか』
『真蒼……でしょう?
前へ
次へ
全137ページ中49ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
新青年編輯局 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング