に名算じゃ』と高声に云った。そしてなお一通の単簡な手紙を書き、それを状袋に入れた。ルパンは代議士が最前の引算の紙の傍へ手紙を立てかけたので、再び覗いてみると、
『警視総監プライスビイユ殿』としてある。
 ドーブレクは再び女中を呼んだ。
『オイ。クレマンス。お前は子供の時に学校へ行って算術を習ったか?』
『まあ、旦那様……』
『と云うのは、お前は、引算に不得手と見えるからじゃ』
『なぜでございますか?』
『お前は九から八引く一残ると云う事を知らぬからじゃ。え、それが肝心の事だぞ。この定理を知らないと生きて行かれないぞ』
 といいながら、彼は立ち上り、両手を脊《せ》に廻して例のゴリラの様な歩き態《ぶり》をしつつ室内をドシリドシリと濶歩していたが、やがて食堂の前へ来てその扉《ドア》を開いた。
『問題は他《た》にあらず、解くべきはただここのみじゃ。九から八引く一残る。残りの一はおおかたここだろう。そら、え? やっぱり算法は争われぬものじゃね? 証明はかくの通り明かじゃて』
 彼はルパンが急いで隠れた窓掛《カーテン》のひだの所を軽く叩きながら、
『貴公、こんな所に居ると息がつまるよ。わしがここか
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