力限り向う岸へ漕いで行ったと報告した。
 署長はジルベールの顔をジッと見詰めていたが、ハッと思うと始めて一杯喰わされた事を悟った。
『チェッ、失敗《しま》ったッ。きゃつらを捕《とら》えろ! 同、同類だッ。撃放《うちはな》しても構わんッ、早く!』
 と叫ぶと同時に二名の部下を連れて真先に飛び出した。水辺まで駈け付けてみると百|米《メートル》ばかり漕ぎ去ったかの男は、四辺《あたり》を包む夕暗《ゆうやみ》の中で、帽子を振っておる。
 口惜《くや》しまぎれに警官の一人が二三発発砲した。
 水面を渡る微風のまにまに、不敵な曲者《くせもの》が悠々として漕ぎ去りつつ唄う船唄が流れて来る。
 流れ浮き草……風吹くままに……
 人も無げなるこの振舞いに地団駄踏んだ警官連、ふと見ると隣りの庭に一艘の舟が繋がれてあった。天の与えとばかり垣根を飛び越えた署長以下二人の警官は舟へ躍り込むや否や纜《とも》切る間も遅しと湖中に漕ぎ出した。
 折から雲間を洩れた月光を湖面一杯に浴びて二艘の端艇《ボート》は矢の様に水上を辷《すべ》る。警官隊の舟は軽快な上に漕手《こぎて》は二人である。速力の速さは比較にならぬと見て取った
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