立てておる際、彼の言葉の辻褄の合わぬ事などに気の付く場合でなかった。
 その内に事務室で書記の死骸が発見された。こうなるとさすがは警察官だけに事態重大と見て仮予審を開く事を忘れなかった。署長は関係者以外のものを全部|庭内《ていない》に去らしめ門の内外には巡査を配置して絶対に出入《でいり》を厳禁し、直ちに兇行|現場《げんじょう》及証拠品の調査を開始した。
 ボーシュレーは素直に姓名を自白したが、ジルベールは頑として応ぜず、裁判長の前でなければ名前を云わないと頑張った。しかし書記殺しの下手人《げしゅにん》に至ると両人互に自分ではないと抗争し、果しなく言い募る。こうして警官の注意を他へ外《そ》らさぬ様にしてその間に首領を落そうと云う腹であったのだ。そんな深い謀《たくらみ》とは知る由もなく署長は二人の争いには困惑して結局、両人を捕縛した人に証言を求めようと思って四辺《あたり》を見廻したが紳士の姿はもうそこには見えなかった。署長は部下の警官を呼んで、その男を捜させた。警官は大声で呼んだが、返事が無い。
 この時一人の兵士があわただしく駈け付けて来て、その紳士はたった今|端艇《ボート》に乗り込んで
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