ございません。その時、その時こそドーブレクが、哀れな姿となって自滅します。私の求めているのはただこれだけです』
『しかし、ドーブレクはあなたの計画を知らないではいますまい?』
『無論知っています。知っていながら、私どもは妙な会見をしています。私はあの男を監視し、その一挙一動から、その一言半句から、隠された秘密を捜《さぐ》ろうと致しますし、その男は……あの男は……』
『あの男は……』とルパンはクラリス・メルジイの胸中を推察して『あの男は、その望む餌食を狙っている……今なお愛する事を止めない婦人を狙って……あらゆる手段をもって手に入れようとしているんですね……』
彼女は頭を垂れて、ただ『ええ』と云った。
実に不思議な闘争かな。ドーブレクはその已み難き情熱のために、求めて讐敵の的となって、彼が生命をさえ奪わんとする女をば、いかにもして手に入れんものと、我から接近して行く。男は恋のため、女は怨《うらみ》のため、互に相会う不可思議な闘争!
『して、あなたの活動の結果は……どうでした?』
『長い間の捜査の苦心も、ほんの無駄骨を折ったに過ぎません。あなたの為すった捜査の方法、または警察の方でしている調査の手段、それ等は皆、私が数年前から試みたことで、すべて無駄でございます。私はほとんど絶望の淵に沈みましたが、ある日アンジアンの別荘にドーブレクを尋ねて参りまして、ふと書斎の卓子《テーブル》の下の屑籠の傍へ投げ出されあった皺苦茶の手紙の片端を見ましたので、何心なく拾い上げて読みますと、自筆の覚束ない英語で、
[#2字下げ]「水晶の内部を空洞となし、その空洞なる事を何人といえども看破し得ざる様に御製作|相成度《あいなりたし》……」
と書いてございました。この時庭に居りましたドーブレクが大急ぎで駈けて参りまして四辺《あたり》をしきりに捜し廻らなかったらば、私はおそらくこんな紙片《かみきれ》を気に留めなかったでございましょう。あの男《ひと》は、猜疑《うたぐり》深い目で私を見ながら、
「ここにあったはずですがな……手紙が……」
私は何の事か解らない風を装っていましたので、それ以上別に何とももうしませんでしたが、その急々《そわそわ》した様子を私は見逃しませんでした。その後一ヶ月ほど致しまして、私は広間の暖炉《ストーヴ》の灰の中から英文の手紙の半片を拾いました。ストーアブリッジの硝子商ジ
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