桃花源記序
狩野直喜

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)桑竹《くはたけ》の

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]犬相聞。

 [#…]:返り点
 (例)林盡[#(ク)][#二]水源[#(ニ)][#一]

 [#(…)]:訓点送り仮名
 (例)林盡[#(キテ)]水源[#(アリ)]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)先ヅ/\ト
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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桃花源記并序
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桃花源の記ならびにはしがき、
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晉太元中(1)。武陵人。捕魚爲業。縁溪行。忘途之遠近。忽逢(2)桃花林。夾岸數百歩。中無雜樹。芳草鮮美。落英繽紛。
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晉の代、太元の頃かとよ、武陵の魚を捕ふる業なすをのこ、谷川にそひ、(舟にて上りしが)路の遠近を辨まへず、上りける程にふと見れば、桃花の林あり、兩岸を夾さみたる數百歩の中には、ひとつの雜木だになく、(其(3)下には)、かうばしき草うるはしく茂りあひ、風に吹かれ花びらのひらひらと「散るさま得も言はれぬ景色なり」
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漁人甚異。復前行。欲窮其林。林(4)盡水源。便得一山。有小口。髣髴若有光。便捨舟。從口入。初極狹。纔通人。
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をのこいとあやしみ、林のきはみまでと、猶上り行きしに、林の盡くる所、即ち水源なり。ふと見れば(向)に山ありて、其入り口と覺しき穴あり。かすかに日の光あると見ゆ、乃ち船をば捨てつ、口より入り見るに、初めのほどは、きはめてせばく、僅かに、人ひとりを、かよはすほどなるに。
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復行數十歩。割(5)然開朗。土地平曠。屋舍儼然。有良田美池桑竹之屬。阡陌相連。※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]犬相聞。
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また數十歩ばかり行きけるが、胸すくばかりにひろ/″\と打開らきたる處へ出でつ、見ればいかめしき家居の傍に、良田[#ここから割り注]よきた[#ここで割り注終わり]美池[#ここから割り注]うるはしきいけ[#ここで割り注終わり]桑竹《くはたけ》のたぐひあり、東西南北に人のゆきかふ小路正しく連らなりて、※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]犬の此處彼處になく聲もいとのどかなり、
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其中往來種作。男女衣着悉如外人。黄髮垂髫。並怡(6)然自樂。
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其中を往來しつゝたがやす男女の身にまとふ衣を見るに、世のものと異なりて、外國人《とつくにびと》かと怪しまる計り也。又黄色の髮なす老人、もとどりたれたる小兒まで、打まじり、おのがじしたのしむさま、またなく心やすらげに見ゆ、
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見漁人乃大驚。問所從來。具答之。便(7)要還家。設酒殺※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]作食。村中聞有此人。咸來問訊。
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漁人を見つゝいたく打驚き、いづかたより來り給ひしと問ふに、くはしく答へたりしかば、いざ我家《わがや》へとて、いなむをうながし、つれ還へり、酒をまうけ、にはとりを殺し、ねんごろに、ふるまひなすうちに、村のものども、まれびとありと聞きつ、みなこの家へ尋ね來りぬ、
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自(8)云。先世避秦時亂。率妻子邑人。來此絶境。不復出焉。遂與外人間隔。問今是何世。乃不知有漢。無論魏晉。此人一一爲具言所聞。皆歎※[#「りっしんべん+宛」、第3水準1−84−51]。
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あるじ申すやう。それがしの先祖にあたるもの秦時の亂をさけ、妻子及び在所の人をひきつれ、この奧まりたる境へ來しより、再び世に出でざりしかば、遂には外人と相隔たりぬ、そも今は何の世にさむらふぞやといふ、そのさま漢代だにしらず、魏晉は言ふまでもなし、をのかかねて聞けること一一つぶさに語り聞かしゝかば、皆古をしのぶこと限りなし、
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餘人各復延至其家。皆出酒食。停數日。辭去。
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かくて村のものどもまた各をのこを家へ請じ、酒食を供へてもてなしければ、覺えずとゞまること數日にして去りぬ。
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此中人語云。不足爲外人道也。
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其時(9)皆々見送りける其中の一人、御身ここへ來たり給ひしこと他の人々に語るにも及ばぬことに候ぞやといひつつ相別れけり、
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既出得其船。便扶向路。處處誌之。及郡下。詣太守説如此。太守即(10)遣人隨其往。尋向所誌。遂迷不復得路。
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