しまして今日の勢ひは西洋から形而下の學問ばかり採つて夫で事濟むと云ふやうな工合に考へることは出來ない、形而下の學問が支那に這入つたと同時に哲學、倫理、宗教と云ふやうな思想が是れは何うしても這入らなければならぬ。其時には支那の統一と云ふこと……支那人心の統一と云ふやうなことは何うなるであらうと云ふことを段々色々な人に話して見たけれども、當時支那の人はたゞ何等耳を傾けなかつたのでありますが、私が豫想致しました通り、此の形而上の思想がだん/\支那に這入つて參りまして儒教で以て統一された此の支那の人心と云ふものは段々統一を失ひ、支那の儒教を以て鼓吹した道徳を疑ふやうになり、また從來固く決つて居つた所の風俗習慣に對しても之を輕蔑するやうな事になつて來たのであります。例へば支那の婦人のやうな者でありましても、御承知の通り支那の婦人と云ふものは男女七歳にして席を同じうせずと云ふやうな事がありまして、是れまで支那の婦人は全く社會から殺されて居つたのであります。ところが此の頃は段々支那にも新しい女が出來まして、參政權の獲得を唱へると云ふやうな運動もやり兼ねない連中も隨分あるのであります。
 私は一昨年歐羅巴に參りました序に一寸支那に參りました。歸りにも一ヶ月ばかり支那に滯在して居りましたが、歸途に支那に參りました時には南清の方から來ました或支那人の話を直接に聽いたのではありませぬですが、其人に話を聞いた人から聽きますと、此の革命以來南清地方と申しましたが決して南清地方に限りませんが、南清は此の革命の元でありますから殊に左樣であるか知れませんが大變に社會上の變化がある。例へば離婚のやうな事があります。支那に離婚と云ふことは是まで非常に少ないのでありました。ところが其の離婚と云ふやうなことは此頃非常に起つて居る。夫から先年から新聞紙上にも見ることでありますが自由結婚と云ふ、自由と云ふことを穿き違へたか知れないが、是までの習慣に據らずに、親の命令に從はずに結婚する。其中には色々野合と云ふやうな事もありませうけれども、また正式の自由結婚と云ふものもあります。之を名づけて一名文明結婚と申します。文明とは餘程オカシナ熟字であります。
 それから商賣上に於きましても御承知の通り支那人は此の商賣人間の信義道徳と云ふものは隨分固く守つて居りましたが、商賣人間の信義道徳と云ふやうなものも革命以來非常に崩
前へ 次へ
全12ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
狩野 直喜 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング