馳走にもなつたが私は此人の話を聞いて驚いた、其人が話すのに自分は獨逸皇帝の招聘に應じて伯林に來たが皇帝が私にかう云ふ事を申された、朕は之から獨逸の大學に支那文學の講座を置きたいが殘念な事には獨逸には立派な支那學者がゐないから、お前どうか之から其教授の卵子を拵らへて貰ひたい其ためにお前を招聘したと云はれたといふ事であります。ホロート教授は支那學では造詣の深い人で、支那宗教大系と云ふ大きい著述をして居る方ですが、其人が話すには凡そ支那國民を理解するには、其宗教を知ることが必要である、然るに宗教といへば勿論佛教も必要であるが同時に道教も必要である、支那の民衆、殊に下層階級の風俗習慣等を理解するには道教が必要である。然るに其經典は收めて道藏にあるが、之を得ることが極めて困難である、幸ひ貴國の帝室の御文庫中に收まつて居る(之を知つて居つたのには私も驚いた)何故に貴國で此貴い經典を重刻して廣く學界に益する樣にしないかと云ふのである、そこで私は其困難な事情を述べた。それは何となれば御承知の通り佛教の藏經は我國に佛教各派の本山も澤山あるから其本山だけで買つても出版費が出るとして、道教と云ふものは元來宗
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