[#ここで割り注終わり])が地下でこれを聞かれたら、斯ることが有らうと迄は思はなかつたといつて喜ぶだらうと得意さうに書いてある。それから優級及び初級師範及中學堂の課目を檢べて見ると、人倫道徳([#ここから割り注]初級學堂では修身といふ[#ここで割り注終わり])といふものがあつて、支那の經典を本として實踐道徳を教ゆる外に、羣經源流([#ここから割り注]初級學堂では講讀經講經といふ[#ここで割り注終わり])といふものがあり、又其上に中國文學がある、而して其時間は下級の學堂になればなる程多い。此等學制の點から見ても當局者の考が能く分るが、之を一層明白にしたものは光緒三十二年([#ここから割り注]明治三十九年[#ここで割り注終わり])三月の教育宗旨に關する上諭である。
 それは學部の奏議に本づいて發せられた者であるが、原奏の趣意は學部が新に立てられたに就いては、先づ教育の宗旨を天下に宣示して、風氣を一にし人心を定むべしとて、其要目を擧げたのであるが、一は中國の固有する所にして益これを闡明すべきもの即ち忠君[#「忠君」に白丸傍点]と尊孔[#「尊孔」に白丸傍点]の二箇條である。他は中國の缺點で、今より宜しく戒めて其振作を圖るべきもの、即ち尚公、尚武、尚實の三箇條である。今唯忠君[#「忠君」に白丸傍点]、尊孔[#「尊孔」に白丸傍点]の二箇條に就いて見ると、例を獨逸と日本に取つて、「近世崛起之國。徳與[#二]日本[#一]稱[#レ]最矣。徳之教育。重在[#レ]保[#二]帝國之統一[#一]。日本之教育。所[#二]切實表章[#一]者。萬世一系之皇統而已。」などといひ、又孔子の道の偉大なることを説き「日本之尊王倒幕。論者以爲[#二]漢學之功[#一]。其所謂漢學即中國聖賢之學也。」といつて居る。一體支那人が孔教を云々するときには、必ず我國を引合にして居る。同年に湖北按察使梁鼎芬が、聖人の郷たる曲阜に曲阜學堂を立てんことを請ふ疏にも、「日本講[#二]孔子之學[#一]。有[#レ]會有[#レ]書。其徒如[#レ]雲。其書如[#レ]阜。孔教至爲[#二]昌盛[#一]。我中國尊[#二]崇孔子[#一]數千年。不[#レ]能[#レ]過[#レ]之。可[#レ]耻可[#レ]痛。」とある。其書如[#「其書如」に傍点][#レ]阜[#「阜」に傍点]も餘り夸大に失す。而して其内にはポケツト論語式のものが多いと思へば、却つて此方から可耻可痛と言ひたい位であるが、先づ彼等の見る所はさうである。其外提學使等が我國を視察し歸つて出した奏摺を檢べて見ると、多く日本の孔教に就いて言つて居るが大同小異なれば此に略する。
 兎も角前に述べた樣な次第で、學部の上奏に本づき上諭が降り、教育の方針天下に宣布された。それから今一つ大切な事件は孔子を大祀に升ぼしたことである。一體支那で國家の祭祀は大祀、中祀、羣祀の三つに分れ、大祀は天地、太廟、社禝に限られ、孔子は中祀に列して居たのを、西太后の懿旨によつて大祀に升ぼした。從來孔子は萬世の師表として歴代より崇敬されて居たけれど、之を天地と同格に祭つた例を聞かぬ。これも孔教を尊び國粹を保存すると同時に、所謂邪説※[#「言+皮」、185−5]詞を排斥するといふ意思に出たものである。又同年十二月の上諭にも學問は中學([#ここから割り注]支那の學問のこと[#ここで割り注終わり])を以て主とし西學を以て輔とすといふことを明言してある。國粹主義が教育の方面に於て如何に表はれてゐるかを見ることは先づ上述の通りである。[#地から1字上げ](明治四十四年七月、藝文第貳年第拾號)

          二

 予輩は本誌前々號に於て、支那最近の國粹主義が教育制度の上に顯はれた點を述べた。然るに學部などではかく危險思想の蔓延を防がんとして、教育宗旨に關する上諭を奏請したり、其他種々の方法を以て、舊來の禮教を維持しようとして居るのに、又一方法部では新法典の編纂に從事して居たが、光緒三十二年に刑事民事訴訟法、其翌年には刑法の草案が出來て上奏に及び、朝廷ではこれを督撫將軍に※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]はし、其意見を徴せられた。この法典は申す迄もなく、治外法權を撤去するのが目的で、實際人民の程度をも顧みず、又それが丸るで東西諸國の法律を飜譯したもので、中國固有の道徳や習慣に反對する事が多いといふので、各方面から非難の聲が高まつた。先づ刑事民事訴訟法に對する非難の點を二三擧げようなら、例せば第一百三十條にかういふ規定がある。即ち凡そ民事の裁判で、被告の敗訴となり、原告に交すべき金錢若しくは訴訟費用を出す能はざるときは、裁判所は原告の申請を經たる後、被告の財産を査封《サシオサヘ》するを得。然れども左列の各項は査封備抵の限りにあらずとて、一、本人妻所有之物、二、本人父母兄弟姉妹、及各戚
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