と盛上げ七斤の眼の前に突きつけ、「お前さん、早くおまんまを食べておしまいなさいよ。泣きっ面をしたって今さら辮子が延びるもんじゃない」
太陽は末端の光線を収め尽して、水面はしのびやかに涼気を囘復した。地面の上にはお碗とお箸の響がした。人々の脊筋の上にはまた汗粒を吐き出した。七斤ねえさんは三碗の飯を食い完《おわ》って、ふと頭を上げると、胸の中が止め度なくはずんで来た。彼女は烏臼木の葉影を通して、ちびの太っちょの趙七爺《ちょうだんな》を見付け出したからである。彼はお納戸色のリンネルの長衫《ながぎ》を著《き》て、ちょうど今|独木橋《まるきばし》の上を歩いて来るのであった。
趙七爺は隣村の茂源酒店《もげんしゅてん》の主人である。五里四方の内ではたった一人の図抜けた人物で兼ねてなかなかの学者先生である。彼は学問があるのでいささか遺老の臭気がある。彼は十何册ほどの金聖歎《きんせいたん》の批評した三国志を持っている。坐っているときにはいつも一字々々拾い読みして、五虎将《ごこしょう》の姓名を説きあかすのみならず、黄忠《こうちゅう》の字《あざな》が汗升《かんしょう》、馬超《ばちょう》の字が孟起《もうき
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