尺余りの斑竹《はんちく》の煙管を手にして、頭を低《さ》げてぶらぶら歩いて来た。彼は庭内に入ってひくい腰掛の上に腰を卸すと、六斤はそれをいいしおにして彼のそばに馳け寄り、お父さんと言ったが返辞もしない。
「代々落ち目になるばかりだ」九斤老太はまた同じことを言った。
七斤はそろそろ頭を上げて溜息を吐き
「天子様がおかくれになったそうだね」
七斤ねえさんはしばらく呆れ返っていたが、急に何か思付き、「そりゃあ、いい按排だね。天子様がおかくれになれば大赦があるんだよ」
七斤はまた溜息を吐き「乃公《おれ》は辮子《べんつ》がない」
「天子様は辮子が要るのかね」
「天子様は辮子が要る」
「お前はなぜ知っているの」七斤ねえさんは少しせき込んでせわしなく訊いた。
「咸亨酒店《かんこうしゅてん》の中にいる人が、皆そう言っている」
七斤ねえさんはこの言葉をきくとハッとした。これは決していいことじゃない。咸亨酒店へ行けば世間のことが皆わかる。そう思って七斤の方に眼を移すと、そのざんぎり頭が馬鹿に目立ったので、腹が立って堪らなくなり、彼を咎め、彼を悔み、彼を怨んだが、急にまた焼け糞になって、一杯の飯を高々
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