勇と正気がある。親爺とアニキは顔色を失った。乃公の勇気と正気のために鎮圧されたんだ。
 だがこの勇気があるために彼等はますます乃公を食いたく思う。つまり勇気に肖《あやか》りたいのだ。親爺は門を跨いで出ると遠くも行かぬうちに「早く食べてしまいましょう」と小声で言った。アニキは合点した。さてはお前が元なんだ。この一大発見は意外のようだが決して意外ではない。仲間を集めて乃公を食おうとするのは、とりもなおさず乃公のアニキだ。
 人を食うのは乃公のアニキだ!
 乃公は人食《ひとくい》の兄弟だ!
 乃公自身は人に食われるのだが、それでもやっぱり人食の兄弟だ!

        五

 この幾日の間は一歩退いて考えてみた。たといあの親爺が首斬役でなく、本当の医者であってもやはり人食人間だ。彼等の祖師|李時珍《りじちん》が作った「本草《ほんそう》何とか」を見ると人間は煎じて食うべしと明かに書いてある。彼はそれでも人肉を食わぬと言うことが説き得ようか。
 家《うち》のアニキと来ては、全くそう言われても仕方がない。彼は本の講義をした時、あの口からじかに「子《こ》を易《か》へて而《しか》して食《くら》ふ」と
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