きもの》の上からそっと撫でおろしてみた。そこで彼は提灯《ちょうちん》に火を移し、燈盞を吹き消して裏部屋の方へ行った。部屋の中には苦しそうな噴《むせ》び声が絶えまなく続いていたが、老栓はその響《ひびき》のおさまるのを待って、静かに口をひらいた。
「小栓《しょうせん》、お前は起きないでいい。店はお母さんがいい按排《あんばい》にする」
「…………」
老栓は倅《せがれ》が落著いて睡《ねむ》っているものと察し、ようやく安心して門口《かどぐち》を出た。
街なかは黒く沈まり返って何一つない。ただ一条の灰白《はいじろ》の路《みち》がぼんやりと見えて、提灯の光は彼の二つの脚をてらし、左右の膝が前になり後《あと》になりして行く。ときどき多くの狗《いぬ》に遇《あ》ったが吠えついて来るものもない。天気は室内よりもよほど冷やかで老栓は爽快に感じた。何だか今日は子供の昔に還って、神通《じんづう》を得て人の命の本体を掴みにゆくような気がして、歩いているうちにも馬鹿に気高くなってしまった。行けば行くほど路がハッキリして来た。行けば行くほど空が亮るくなって来た。
老栓はひたすら歩みを続けているうちにたちまち物に驚
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