冷く白い月がある。彼女は、どちらが昇り、どちらが落ちるのか、判らない。
 地上はすべて新緑である、あまり葉の換《かわ》らない松柏《しょうはく》さえも、目立って若々しい。桃色や青白い大きい、様々な花が、眼の前に、まだハッキリと見えるが、遠方はとぎれとぎれの靄《もや》に蔽《おお》われている。
「あああ、私は今までこんなに退屈したことはない」彼女はそう思いながら、スッと立ち上り、その丸々した精力の満ち溢れた臂《ひじ》を伸ばして、天に向かって大きな欠伸《あくび》をした。天空はたちまち一変して、不思議な肉色に変り、暫《しばら》くの間は、彼女がいるところさえも判らなくなった。
 彼女は、この肉色の天と地との間を海辺へと走り、全身の曲線を全く薄薔薇色の光の海のなかに融け消えて、下半身は真白に彩られ、波は驚き、規則正しく起伏し、波のしぶきは彼女の体に降り濺《そそ》ぐ。この真白な影は、海中で揺れているが、あたかも全体が四方八方に飛び散るごとくである。だが彼女自身は、決して見えない。ただ蹲《うずく》って、手を伸ばし、水を含んだ軟かい泥を掬い上げては、幾たびか揉み揉みして、自分のような小さいものを両手で持っ
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