立上った。
 文人の酒船は河中を通った。文豪は岸を眺め大《おおい》に興じた。「苦労も知らず、心配も知らず、これこそ真に田家の楽しみじゃ!」

 けれど文豪のこの話はいささか事実に背反している。彼は九斤老太《きゅうきんろうたい》の話をききのがしていたからだ。この時九斤老太は不平の真ッ最中であった。「わしは命あって七十九のきょうまで生き延びたが、あまり長生きをし過ぎた。わしは世帯《しょたい》くずしのこのざまを見たくはない。いっそ死んだ方が増しじゃ。もうじき御飯だというのに、また煎り豆を出して食べおるわい。これじゃ子供に食いつぶされてしまうわ」
 彼の孫娘の六斤《ろくきん》はちょうど、一掴みの煎り豆を握って真正面から馳け出して来たが、この様子を見て、すぐに河べりの方へ飛んで行き、烏臼木の後ろに蔵《かく》れて、小さな蝶々とんぼの頭を伸ばして「死にそこないの糞婆」と囃し立てた。
 九斤老太は年の割に耳が敏《はや》かった。けれど今の子供の言葉はつい聴きのがした。そうしてなお独言《ひとりごと》を続けた。「ほんとにこんな風では代々落ち目になるばかりだ」
 この村には特別の習慣があって、子供が出来ると秤
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