、十分|哺《はぐく》むことが出来ないで、先きへ生れた者は餓死するのである。これはたいがい脱《はず》れっこはない。現在七つのうち二つははなはだ痩せ衰えているから、三太太は暇があると母兎を捕えて、小兎を一つ一つ順番に腹の上に並べて乳を哺《の》ませた。
母はわたしに言った。そんな面倒臭い養兎法はわたしは今まで聞いたことがない。おそらく無双譜の中に入るべきものだろう。
白兎の家族は更に繁栄し人々は大に興じた。
だがそれからというものは、わたしは結局浮世の味気なさを感ぜずにはいられなかった。夜半燈下に坐してつらつら想いめぐらすと、あの二つの生命はいつのまに消えたのかしらん、人知れず鬼悟らず生物史上一点の痕跡もなく、そうしてSは一声も吠えない。わたしはそこで旧い話を思い出した。以前会館の中に住んでいた時、大きな槐《えんじゅ》の樹の下に鴿《はと》の毛が散り乱れていた。これはたぶん鷹に取られたのであろうが、午前小使が来て掃除をしたあとはそこに何一つ残らなかった。ここに一つの生命が断ち切られたことを誰れが知ろうか。わたしはかつて西四牌棲《せいしはいろう》を通り過ぎて一匹の小犬が馬車に轢かれて即死したのを見たが帰って来た時にはもう何一つ見えなかった。運び去ったのだろう。行来《ゆきき》の人はどたばたと歩いているが、かつてここに一つの生命が断ち切られたことを誰れが知ろうか。夏の夜、※[#「窗/心」、第3水準1−89−54]《まど》の外にいつも青蝿のジイジイという悠長な叫びを聞くが、これはきっと宮守《やもり》に食われたのだろう。わたしは前には一向そんなことに気を留めなかった。他の人もまた決してそんなことを聴きつけなかった……
造物が責任を持つからいいと言えば言うようなものの、彼が無暗《むやみ》に生命を造り過ぎ、無暗に生命を壊し過ぎるとわたしは思う。
ギャッと一声、また二つの猫が※[#「窗/心」、第3水準1−89−54]の外で喧嘩を始めた。
「迅ちゃん、お前、また猫を打《ぶ》ったね」
「いいえ、あいつ等は仲間同士で咬み合ったんです。わたしに打《ぶ》たれるようなヘマはしません」
わたしの母は前からわたしが猫を虐待することを好くないことだと思っていた。現在おおかた、わたしが小兎のために不平を抱いて、ひどい目に遭わせたんだろう、と思われたに違いない。家中《うちじゅう》の者の定説では、わ
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