雅号もなかった。だから別に何と言いようもなかった。旧例に拠れば「夫人」と呼んでいいのだけれど、彼は古臭いのが嫌いで、「おい」という一語を発明した。夫人は彼に対して「おい」という一語すらも所持せず、ただ面と向って話すだけである。それでも習慣法に拠って、その言葉が彼に対して発せられるということが解るのである。
「だけど、先月の分は一割五部しかないのですもの、みんな遣い切ってしまいました。きのうのお米はそれやもう、ようやくのことで借りて来たんですよ」
 彼女は卓の側《そば》に立って彼と顔を合せた。
「そら見ろ、本を教えて月給取るのが卑しいか。これは皆連絡のあることで、人は飯を食わなければならん、飯は米で作らなければならん、米は銭で買わなければならん。こんな些細のことを知らないのか……」
「全くそうよ、お金なしではお米が買えません、お米なしでは御飯が焚けません……」
 彼女の両方の頬ぺたがふかふか動き出した。この怒ったような答案は、ちょうど彼の「大差無し」にほとんどぴったり符号するものである。続いて彼女は頭をくるりと向うへむけて歩き出した。習慣法に拠れば、これは討論中止の宣告を表示したものである。
 凄風冷雨《せいふうれいう》のこの一日が来てから、教員等は政府に未払月給を請求したので、新華門前の泥々の中で軍隊に打たれ、頭を破り、血だらけになった後で、たしかに何程かの月給が渡った。方玄綽は手を一つ動かさずにお金を受取った。古い借金を少し片づけたがまだなかなか大ものが残っていた。それは官俸の方がすこぶる停滞していたからで、こうなるといくら清廉潔白の官吏でも、月給を催促しないではいられない。ましてや教員を兼ねた方玄綽は、自然教育会に同情を表することになった。だから衆《みな》が罷業の継続を主張すると、彼はまだ一度もその場に臨んだことはないが、しんから悦服して公共の決議を守った。
 それはそうと政府は遂に金を払った。学校もまた開校した。ところがその二三日|前《ぜん》に、學生聯盟は政府に一文を上程し、「教員が授業しなかったら未払月給を渡す必要はない」と言った。これは少しも効力がなかったが、方玄綽は前の「授業すればお金をやる」という政府の言葉を思い出し、「大差無し」の一つの影が眼の前に浮び出し、どうしても消滅しない。そこで彼は講堂の上で公表した。
 右の通りこの「大差なし」を煎じ詰めると
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