帰ろうじゃないか」というと、みんなはすぐに賛成して、勇ましく立上がり、三四人は船尾へ行って棹を抜き、幾丈《いくじょう》か後すざりして船を廻し、ふけおやまを罵りながら、松林に向って進んだ。
月はまだ残っていた。見物した時間はあまり長くもないらしかった。趙荘を出ると月の光はいっそうあざやかになった。ふりかえって見ると舞台は燈火の中に漂渺《ひょうびょう》として、一つの仙山楼閣《かいやぐら》を形成し、来がけにここから眺めたものと同様に赤い霞が覆いかぶさり、耳のあたりに吹き寄せる横笛は極めて悠長であった。わたしはふけおやまがもう引込んだにちがいないとは思ったが、まさかもう一度見せてくれとも言えなかった。
まもなく松林は後ろの方になった。船あしは決して遅くもなかったが、あたりは黒く濃く、夜更であることが知れた。彼等は芝居を罵り笑いながら船を漕いだ。すると舳《じく》に突当る水の音が一際《ひときわ》あざやかに、船はさながら一つの大白魚《たいはくぎょ》が一群の子供を背負うて浪の中に突入するように見えた。夜どおし魚を取っている爺さん連《れん》は船を停めてこちらを眺めて思わず喝采した。
平橋までは一里もあるらしかった。漕ぎ手も皆つかれた。無暗に力を出した上になんにも食わないからだ。その時桂生はいいことに気がついた。羅漢豆《らかんまめ》が今出盛りだぜ。火があるからちょっと失敬して煮て食おう。みんなは賛成した。すぐ船を岸へつけておかに上《あが》った。田の中には真黒に光ったものがあった。それは今実を結んだ羅漢豆であった。
「あ、あ、阿發、この辺はお前の家《うち》の地面だぜ。あの辺が六一爺《ろくいちおやじ》の地処だ。俺達はそいつを取ってやろう」
真先におかへ上《あが》っていた雙喜は言った。われわれは皆おかへ上《あが》った。阿發は跳ね上《あが》って
「ちょっと待ってくれ、乃公《おれ》に見せてくれ」
彼は行ったり来たりしてさぐってみたが、急に身を起して
「乃公の家《うち》のがいいよ。大きいからね」
この声をきくと皆はすぐに阿發の家《うち》の豆畑へ入った。めいめい一抱えずつもぎ取って船の中へ投げ込んだ。雙喜はあんまり多く取って阿發のお袋に叱られるといけないと思ったので、皆を六一爺さんの畑の方へやってまた一抱えずつ偸《ぬす》ませた。
年上の子供はまたぶらぶら船を漕ぎ出した。他の者は船室の後
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