ろで火を起した。年弱《としよわ》の者はわたしと一緒に豆を剥いた。まもなく豆は煮えた。みんなは船をやりっ放しにして真中に集まって、撮《つま》んで食った。食ってしまうとまた船を出した。道具を片附けて豆殻《まめがら》は皆河の中へ棄てた。何の痕跡も残さなかったが、雙喜は八おじさん(船の持主)の塩と薪を使ったことを心配した。あのおやじはこまかいからね、きっと嗅ぎつけて怒鳴って来るにちがいない。
 みんなそこでいろんな意見を吐いたが、結局、構うもんか、もしあいつが何とか言ったら、去年あいつが陸《おか》へ上《あが》って櫨《はぜ》の枯木を持って行ったからそれを返せと言ってやるんだ。そうして眼の前で、八の禿頭を囃してやるんだ。
「家《うち》へ帰れば大丈夫だよ。乃公が保証する」
 と雙喜は船頭《みよし》に立って叫んだ。わたしはみよしの方を見ると、前はもう平橋であった。橋の根元に人が一人立っていたがそれは母親であった。雙喜はわたしの母親に向って何か言ったが、わたしも前艙《いちのま》の方へ出た。船は平橋に来て停った。われわれはごたごた陸《おか》へ上《あが》った。母親は少し不機嫌で、十二時過ぎても帰らないからどうしたのかと思ったよ、とは言ったが、それでも元気よくみんなをよんで、炒米《いりごめ》を食わせた。みんなはもうおやつを食べているし、眠くはあるし、早く帰って寝たかったので、すぐに散り散りに別れた。
 次の日、わたしは昼頃になってようやく起きた。八おじさんの塩薪事件は何の問題も引起さなかった。午後はやはり蝦釣りに行った。
「雙喜、てめえ達はきのう乃公の豆を偸んだろう。いけねえなあ、たくさん偸んだ上に、あんなに踏み荒しては」
 わたしは首を挙げて見ると、六一爺さんは、小船に棹さして豆売からの帰りがけらしく、船の中にまだたくさんの豆が残っていた。
「ええ、わたしどもは御馳走になったよ。初めはお前のとこのものは、要らなかったんだが、ね、御覧、お前はわたしの蝦を嚇《おど》かして逃してしまったよ」と雙喜は言った。
「御馳走か――ちげえねえ」六一爺さんはわたしを見ながら櫂をとめて笑った。
「迅ちゃん、きのうの芝居は面白かったかね」
 わたしは頷いて「ええ」と答えた。
「豆はうまかったかね」
「ああ大変うまかったよ」
 六一爺さんは非常に感激して、親指をおこして、得意になって喋舌った。
「さすがは大どこ
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