たから折れたんだ」
 この時彼の眼付はこの話を二度と持出さないように番頭さんに向って頼むようにも見えたが、いつもの四五人はもう集っていたので、番頭さんと一緒になって笑った。
 わたしは燗した酒を運び出し、閾の上に置くと、彼は破れたポケットの中から四文銭を掴み出した。その手を見ると泥だらけで、足で歩いて来たとは思われないが、果してその通りで、彼は衆《みな》の笑い声の中に酒を飲み干してしまうと、たちまち手を支えて這い出した。
 それからずっと長い間孔乙己を見たことがない。年末になると、番頭さんは黒板を卸して言った。
「孔乙己はどうしたろうな。まだ十九銭貸しがある」
 次の年の端午の節句にも言った。
「孔乙己はどうしたろうな。まだ十九銭貸しがある」
 中秋節にはもうなんにも言わなくなった。
 それからまた年末が来たが、彼の姿を見出すことが出来なかった。そして今になったが、とうとう見ずじまいだ。
 たぶん孔乙己は死んだに違いない。
[#地から4字上げ](一九一九年三月)



底本:「魯迅全集」改造社
   1932(昭和7)年11月18日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあら
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