目勝ちの眼をみはってうっとりと外を眺めている。
 わたしどもはうすら睡《ねむ》くなって来た。そこでまた閏土の話を持出した。母は語った。
「あの豆腐西施は家《うち》で荷造りを始めてから毎日きっとやって来るんだよ。きのうは灰溜の中から皿小鉢を十幾枚も拾い出し、論判《ろっぱん》の挙句、これはきっと閏土が埋《うず》めておいたに違いない、彼は灰を運ぶ時一緒に持帰る積りだろうなどと言って、この事を非常に手柄にして『犬ぢらし』を掴んでまるで飛ぶように馳け出して行ったが、あの纏足の足でよくまああんなに早く歩けたものだね」
(犬ぢらしはわたしどもの村の養鶏の道具で、木盤の上に木柵を嵌《は》め、中には餌《え》を入れておく。鶏は嘴が長いから柵をとおして啄《ついば》むことが出来る。犬は柵に鼻が閊《つか》えて食うことが出来ない。故に犬じ[#「じ」はママ]らしという)
 だんだん故郷の山水に遠ざかり、一時ハッキリした少年時代の記憶がまたぼんやりして来た。わたしは今の故郷に対して何の未練も残らないが、あの美しい記憶が薄らぐことが何よりも悲しかった。
 母も宏兒も睡ってしまった。
 わたしは横になって船底のせせらぎを
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