そ見えないが、耳は聾《つんぼ》ではない。
「北京には蛙の鳴声さえない……」
 と、彼は嘆息した。この嘆息はわたしを勇猛ならしめ
「蛙の鳴声ならありますよ」
 と、早速抗議を持出した。
「夏になって御覧なさい。大雨のあとで、あなたは蒼蝿《うるさ》いほど蝦蟇《がま》の叫びを聴き出すでしょう。あれは皆|溝《どぶ》の中に住んでいるのです。北京にはどこにも溝がありますからね」
「おお……」

 幾日か過ぎると、わたしの話は明かに実証された。エロシンコ君はその時もう、いくつかのお玉杓子を買って来た。買って来ると彼は窓外《そうがい》の庭の中程にある小さな池の中に放した。その池は長さ三尺、濶《ひろ》さ二尺ぐらい、仲密君が蓮の花を植えるために掘ったもので、この池の中からかつて半朶《はんだ》の蓮の花を見出すことが出来なかったが、蝦蟇を飼うには実に持って来いの場所であった。お玉杓子は常に隊を組み群をなして水の中に游泳している。エロシンコ君は暇さえあると、彼等を訪問していたが、時に依ると子供等が
「エロシンコ先生、彼等に足が生えましたよ」と告げると、彼は非常に嬉しそうに
「おお……」
 と、微笑むのであった。
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