はどうしても春と秋が無いように思われる。冬の末と夏の初めが受け継ぎ受け渡され、夏が去ったかと思うとすぐに冬が始まる。
 ある日、すなわちこの冬の末、夏の初めの夜間であった。わたしはたまたま暇を得たのでエロシンコ君を訪問した。彼はずっと仲密《ちゅうみつ》君の屋敷の中に住んでいたが、この時一家の人は皆|睡《ねむ》っていたので、天下は至極安静であった。彼は独り自分の臥榻《ねいす》の上に凭《もた》れて、黄金色《きんいろ》の長髪の間にはなはだ高い眉がしらをやや皺《しわ》めて、旧游《きゅうゆう》の地ビルマ、ビルマの夏の夜を偲んでいたのだ。
「こんな晩だ」
 と彼は言った。
「ビルマはどこもかしこも皆音楽だ。部屋の間、草の間、樹の上、みな昆虫の吟詠があっていろいろの音色が合奏し、いとも不思議な感じがする。その間に時々蛇の声も交って『シュウシュウ』と鳴いて蟲の声に合せるのではないか……」
 彼はあの時の気分を追想するかのように想い沈んだ。
 わたしは開いた口が塞がらなかった。こんな奇妙な音楽は、確かに北京では、未だかつて聴いたことがないのだから、いかに愛国心を振起しても弁護することは出来ない。彼は眼こ
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