ヨと鳴き出したので、とても可愛らしくなって買わずにはいられなくなった。一つが八十文で、一遍に四つも買った。
 小鴨はとても可愛らしい。身体じゅうが松花《まつはな》のように黄ばんで、地面の上に置くとひょろひょろと歩き出し、互に呼び交し、いつも一所に集ってピヨピヨと鳴いている。一同は喜んで明日は鰌《どじょう》を買ってやりましょうと言った。エロシンコ君はその銭は乃公《おれ》が出すと言った。
 エロシンコ君は本を教えに出掛けたので、皆そこを離れた。仲密夫人は鴨に食わせるために冷飯を持って来たが、遠くの方でパシャパシャと水音がしたので、行ってみると、その四つの鴨が蓮の池の中で行水をつかっていた。彼等はさかとんぼを打ったり、何か食べたりしていたようであったが、彼等が陸へ上ると、池の中はすっかり濁っていて、しばらく経って澄んだのを見ると、泥の中に何本かの蓮根が剥き出しに見え、その近辺にはもう足の生えたお玉杓子が一つも見当らなかった。
「エロシンコ先生、蟇の子がなくなってしまいました」
 晩になって彼が帰って来ると、子供等の中で一番小さいのがせわしなく話した。
「おお? 蟇が?」
 仲密夫人は出て来て、小鴨がお玉杓子を食べてしまったことを報告した。
「おや、おや」
 小鴨の黄色い毛が褪せるようになってからエロシンコ君はたちまちロシヤの母親を想い出し、チタに向って※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]々《そうそう》立去った。
 四方の蛙が鳴く時分になると、小鴨は十分成長した。二つは白、二つは斑《ぶち》で、そうしてもうピヨピヨと言わなくなって、ガヤガヤというようになった。蓮池は彼等を入れるにはもうあまりに小さくなった。
 幸いにして仲密の屋敷の地勢は低地であったから、一度夕立が降ると庭じゅう水溜りになり、彼等は嬉しげに泳ぎ、もぐり、羽ばたきしてガアガアと叫ぶ。
 現在また夏の末から冬の初めに変るところだ。しかしエロシンコ君からは絶えて消息がない。一体どこに行ってるかしらん。
 ただ四つの鴨があるだけで、それがやはり沙漠の上でガアガアと叫ぶ。
[#地から4字上げ](一九二二年十月)



底本:「魯迅全集」改造社
   1932(昭和7)年11月18日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
その際、以下の書き
前へ 次へ
全4ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
魯迅 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング