り一人の男が向うから逃げて来た。彼はそれを見るとすぐに跡に跟いて馳け出した。その人が曲ると阿Qも曲った。曲ってしまうとその人は立ちどまった。阿Qもまた立ちどまった。阿Qは後ろを見ると何も無かった。そこで前へ向って人を見ると小Dであった。
「何だ」阿Qは不平を起した。
「趙……趙家がやられた。[#底本では「。」が重複]掠奪……」小Dは息をはずませていた。
阿Qも胸がドキドキした。小Dはそう言ってしまうと歩き出した。阿Qはいったん逃げ出したものの、結局「その道の仕事をやった」事のある人だから殊の外度胸が据《すわ》った。彼は路角《みちかど》に躄《いざ》り出て、じっと耳を澄まして聴いていると何だかざわざわしているようだ。そこでまたじっと見澄ましていると白鉢巻、白兜の人が大勢いて、次から次へと箱を持出し、器物を持出し、秀才夫人の寧波《ニンポウ》寝台《ねだい》をもち出したようでもあったがハッキリしなかった。
彼はもう少し前へ出ようとしたが両脚が動かなかった。
その夜《よ》は月が無かった。未荘は暗黒の中に包まれてはなはだしんとしていた。しんとしていて羲皇《ぎこう》の頃のような太平であった。阿Q
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