たのか。そんなことはありそうにも思われない。
 阿Qは拠所《よんどころ》なく彳《たたず》んだ。
 遠くの方から歩いて来た一人は彼の真正面に向っていた。これも阿Qの大嫌いの一人で、すなわち錢太爺の総領息子だ。彼は以前城内の耶蘇《やそ》学校に通学していたが、なぜかしらんまた日本へ行った。半年あとで彼が家《うち》に帰って来た時には膝が真直ぐになり、頭の上の辮子が無くなっていた。彼の母親は大泣きに泣いて十幾幕も愁歎場《しゅうたんば》を見せた。彼の祖母は三度井戸に飛び込んで三度引上げらた。あとで彼の母親は到処《いたるところ》で説明した。
「あの辮子は悪い人から酒に盛りつぶされて剪《き》り取られたんです。本来あれがあればこそ大官《たいかん》になれるんですが、今となっては仕方がありません。長く伸びるのを待つばかりです」
 さはいえ阿Qは承知せず、一途に彼を「偽|毛唐《けとう》」「外国人の犬」と思い込み、彼を見るたんびに肚《はら》の中で罵《ののし》り悪《にく》んだ。
 阿Qが最も忌み嫌ったのは、彼の一本のまがい辮子だ。擬《まが》い物と来てはそれこそ人間の資格がない。彼の祖母が四度《よど》目の投身をしな
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