した。「そうな」愛蘭土《アイルランド》言葉丸出しで叫んだ、「月を眺めていましたよ。自然と霊感を交えましてなア」
 重苦るしい沈黙が続いた。やがてまた例の物凄いノックがきこえた。イワンが刀身のない鋼鉄製の鞘をもって再び現われた。「これだけしか見当りませんでございますが」とイワンは言った。
「卓子《テーブル》の上に置け」とヴァランタンは見向きもせずに云った。
 残忍な沈黙が室内を支配した、死を宣告された殺人者の法廷のまわりに漂う限りない残忍な沈黙のそれのように。公爵夫人が弱く叫び声をたてたのも疾《とう》くの昔に消え去っていた。次に発せられた声は全く想いもよらぬ声だった。
「あの、申上げたいのでございますが」とマーガレット嬢は勇敢な女が公衆の前で話す時の、あの澄んでふるえを帯びた声で叫んだ。「あの、私はオブリアン様がお庭で何をなすっていらっしったか、よく存じておりますの、オブリアンさんは言いにくいので黙っていらっしゃるんですけれど、あの、実は私に結婚のお申込をなさいました、けど私はお断りいたしましたの。私共の家庭の事情上お断りするより外に仕方がないので、私、ただ私の敬意だけを差上げますからって申上げました。オブリアンさんは少し憤っていらっしゃいました。あの方は私の敬意等はあまりお考えになるようには思われませんでしたの、けれど」と妙に笑ってつけ加えた。「あの方も今私の敬意を受けて下ださるでございましょうよ。私はどこへ出ましても、あの方は決してそんな事を遊ばす方ではないとお誓い申します」
 ガロエイ卿は娘の方へジリジリと詰めよっていたが、彼は自分では小声のつもりで彼女を嚇《おど》しつけていた。
「お黙り、マジイ」彼はわれるような低声で云った。「なぜお前はこやつを庇うんか? かやつの剣《つるぎ》はどこにある? あやつのいまいましい騎兵の剣《つるぎ》はどこだッ。――」
 彼はもっと云込むつもりであったが、娘の妙な眼付、それは一同の視線をも強力な磁石のように吸付けたところの妙な眼付にあってやめてしまった。
「お父様の解らず屋!」とマーガレットは小声ではあるが、敬虔の仮面を抜ぎすてて言った。
「一体何をそんなに発見なさろうというおつもりですの? あの方は私のそばにいらした時には潔白だったのよ。たとえ潔白でなかったとしても、私と一緒にいらっしったのよ。もしあの方がお庭で人殺しをなさった
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